同じ恐怖を僕たちは。
俺はね、
彼は穏やかな口調で、語り始める。
伊原さんは俺がするような心配とは無縁だから
羨ましいんだ。
自分の値打ちや、失ったらどうしようなんて
馬鹿げた不安に悩む必要がないあの人が
憎いほど、羨ましいのだと、
彼は実に率直な口振りで言う。
「自分に絶対の自信があるのか、
他人がどう思うかなんて関係ないと思い切れるのか。
どっちかは、わからないけどな」
確かにそれは、伊原さんの一面を正しく言い当てているようでもあり
実は、そう見せかけようとしている伊原さんの思惑に
どっぷりはまっている、そういうことかもしれない。
「あの人は、誰のことも必要としていないから。
だから、悩んだり怖れたり、する必要が無いのかもしれない」
僕は、伊原さんの深い闇を思う。
「俺より伊原さんをよく知ってるお前がそう言うなら
そうなのかもしれないな」
それにしたって、あの人は強いんだと思うよ、と彼は微笑む。
絶対的に自由である事は、絶対的に孤独であることに等しい。
それが真実なら伊原さんは、孤独であるがゆえに自由であり、
孤独であることに耐え得る強さを身に付けたからこそ
人間が血を流してまで求める、真実の自由というものを手に入れた。
孤独であることに、耐えられないから
人間は、不自由さを買って出る。
彼は僕を失うことを怖れ、僕はそういう彼を恐れる。
彼は僕から自由ではないし、僕は彼から自由ではない。
自由になる方法を知ってはいるが、そのために失うものの大きさに
怯え怖れ、二律背反の檻から逃れられない。
だけど結局。
伊原さんだって、弟の亡霊からは自由になれずにいるんじゃないか。
彼はもう一杯、氷を浮かべた日本酒を飲んで
それで帰ると立ち上がった。
僕のグラスと自分のグラス、均等に注いで腰を下ろす。
「話が反れたな。伊原さんの弟の話、だったよな」
そういえば、そうだった。
「伊原さんが俺にキスしようとしたのは、その弟が関係していると?」
実のところ、僕にだってちゃんと分かっているわけじゃない。
「俺を死んだ弟の身代わりにしてる、そう思うのか?」
そうじゃない、僕がそう答えるのを、予測しているような口振りだ。
「百歩譲って、あの人が弟の身代わりを必要としているとしても。
その身代わりは俺じゃなく、お前だってこと、分かってるんだろ」
静かに彼は、僕の内側の言葉を、代弁してくれた。
彼は穏やかな口調で、語り始める。
伊原さんは俺がするような心配とは無縁だから
羨ましいんだ。
自分の値打ちや、失ったらどうしようなんて
馬鹿げた不安に悩む必要がないあの人が
憎いほど、羨ましいのだと、
彼は実に率直な口振りで言う。
「自分に絶対の自信があるのか、
他人がどう思うかなんて関係ないと思い切れるのか。
どっちかは、わからないけどな」
確かにそれは、伊原さんの一面を正しく言い当てているようでもあり
実は、そう見せかけようとしている伊原さんの思惑に
どっぷりはまっている、そういうことかもしれない。
「あの人は、誰のことも必要としていないから。
だから、悩んだり怖れたり、する必要が無いのかもしれない」
僕は、伊原さんの深い闇を思う。
「俺より伊原さんをよく知ってるお前がそう言うなら
そうなのかもしれないな」
それにしたって、あの人は強いんだと思うよ、と彼は微笑む。
絶対的に自由である事は、絶対的に孤独であることに等しい。
それが真実なら伊原さんは、孤独であるがゆえに自由であり、
孤独であることに耐え得る強さを身に付けたからこそ
人間が血を流してまで求める、真実の自由というものを手に入れた。
孤独であることに、耐えられないから
人間は、不自由さを買って出る。
彼は僕を失うことを怖れ、僕はそういう彼を恐れる。
彼は僕から自由ではないし、僕は彼から自由ではない。
自由になる方法を知ってはいるが、そのために失うものの大きさに
怯え怖れ、二律背反の檻から逃れられない。
だけど結局。
伊原さんだって、弟の亡霊からは自由になれずにいるんじゃないか。
彼はもう一杯、氷を浮かべた日本酒を飲んで
それで帰ると立ち上がった。
僕のグラスと自分のグラス、均等に注いで腰を下ろす。
「話が反れたな。伊原さんの弟の話、だったよな」
そういえば、そうだった。
「伊原さんが俺にキスしようとしたのは、その弟が関係していると?」
実のところ、僕にだってちゃんと分かっているわけじゃない。
「俺を死んだ弟の身代わりにしてる、そう思うのか?」
そうじゃない、僕がそう答えるのを、予測しているような口振りだ。
「百歩譲って、あの人が弟の身代わりを必要としているとしても。
その身代わりは俺じゃなく、お前だってこと、分かってるんだろ」
静かに彼は、僕の内側の言葉を、代弁してくれた。
COMMENT
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さんがつ | URL | 2006/10/15(日) 14:20 [EDIT]
さんがつ | URL | 2006/10/15(日) 14:20 [EDIT]
伊原さんはひつじさんと出会う以前は、弟さんの身代わりになる人は、いなかったのでしょうか。それともひつじさんとの出逢いが弟さんの存在を喚起させて底などない女性との恋愛に終始していた所から原点に立ち返ったということなのでしょうか。
どちらにしても伊原夫妻は興味深い。です。
どちらにしても伊原夫妻は興味深い。です。
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白いひつじ | URL | 2006/10/16(月) 19:51 [EDIT]
白いひつじ | URL | 2006/10/16(月) 19:51 [EDIT]
うーん、なかなか難しい質問ですね(笑)。
意識して、弟の身代わりを求めているとも、思えないんですけどね。
そもそも、身代わりを必要としているのか、その自覚が本人にあるのか。
伊原夫人は、そういう伊原さんの全てを引き受けているわけで、そういうのを愛って言うんだろうなあ、と羨ましいばかりです。
世の中には、ああいう女性が実在するんだなぁと。
意識して、弟の身代わりを求めているとも、思えないんですけどね。
そもそも、身代わりを必要としているのか、その自覚が本人にあるのか。
伊原夫人は、そういう伊原さんの全てを引き受けているわけで、そういうのを愛って言うんだろうなあ、と羨ましいばかりです。
世の中には、ああいう女性が実在するんだなぁと。
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