男に告白された男
そんなつもりは全くないのに、同僚(男)から告白されてしまいました。 会社を辞めるわけにも行かず、彼も辞める気配もなく、 オフィスの5階(僕)と6階(彼)、なんとなく気まずい僕の日記です。
DATE: 2009/10/06(火)   CATEGORY: 未分類
つれないこと言わないでくださいよ、と艶っぽい目で君は言う。
本題から逃げようとしているわけではないけれど
左方耳ピアス君が会社を辞めるというので、その話を。

辞めるといってもこれから、というわけではなく
9月末だと言っていたから、すでに辞めた、というのが正確。
あれだけ整った顔をしていて、広告代理店とはいえ
サラリーマンというのは不釣り合いだと常々思っていたから
辞めると聞いても、驚きはしなかった。
比較的、流動性の高い業界でもある。
仕事の用件で電話した際にその話を聞き、
送別会に来てくださいと頼まれ、ちょうど予定のない夜だったから
とりあえず行くと返事をし、必ず来てくださいよと念を押され
花くらい買うべきだったかと思いながら指定の店に行ったところ
各テーブルにキャンドルスタンドが配置されているような店で
送別会にしてはシックな選択だと思っていたら
案内された席に待っていたのは左方耳ピアス君だけで
ちょっとはめられた気分の僕は、思わず足が止まる。
サシで飲むならそうと先に言ってくれ、と僕が苦く言うと
左方耳ピアス君は、正直に言ったら来てくれましたかと尋ねるから
どうかな微妙なところだな、と答えると
つれないこと言わないでくださいよ、とやけに艶っぽい目で
乾杯のグラスを差し出してくる。
こうもしたたかな年下というのを僕は知らないから
踊らされている、という自覚がなんとなくあって
一杯目からはやもう、ふわふわとした憂鬱が始まる。

男にとって白の着こなしは難しい。
たまに結婚式で白のタキシードを着せられる新郎がいるが
ぴったり身に添うというのは、あまりお見かけしない。
歳をとったら、白い麻のスーツをさりげなく着こなせるようになりたい
と、一時期考えていたことがある。
そういう僕の目に、その夜の左方耳ピアス君の生成りのスーツは
まるでここが日本だとということを忘れさせ
セーヌ河畔のカフェか、どこか地中海を望むテラスかと思わされた。
会社を辞めた後の予定はもう決まっているのかという
こういう席には定番の話題を持ち出し
僕は眩しさから目を背ける。
DATE: 2009/09/29(火)   CATEGORY: 未分類
イノシシは、どこに向かって猛進するのか。
非常に前向きな考え方をするならば、
イノシシは自分にも厳しいが、他人にも同じように厳しい。
約束に対して同じ潔癖さを求める一方で
頭では、自分と他人とは違うという多様性は認めている。
でも心は偽れないから、苛々と苦しんでいるのだろう。

アグレッシブであることと、ポジティブであることは
同じ前に進むという指向性を持つ性質であっても、全く別物。
イノシシはポジティブにはなれない生き物なんだろう。
特に人間関係、分けても恋愛関係においては。

彼女の不幸なところは、たとえ彼と結婚したからと言って
抱えている葛藤や苛立ちが消えてなくなることない、ということだ。
ただ、怜悧な目で眺めてみるならば
心のどこかに、疑心暗鬼を望む気持ちが潜んでいるんじゃないか
必要だからそうしているんじゃないか
と僕が勘ぐるのは
自滅とか自傷とかいうことから、イノシシほど遠い存在はない
と思うから。
付き合っている相手にさえ、攻撃する隙を嗅ぎつけたくなる
というほど、破滅的アグレッシブ性でないことをないことを
祈るばかりだ。

年長者として、何か助言めいたことを言わなければならない
というプレッシャーはどんどん体積を増す。
でもそれをやり過ごすくらいの余裕も、僕は獲得していたから
のんのんとイノシシの話を聞きつ考えつ
思い出していたのは、ウズベキスタンで手に入れた
ゾロアスター教のシンボルのことだった。

それは、三角形を二つ重ねたもの(△と▽を上下に積み重ねた形状)。
ゾロアスター教の寺院で壁に埋め込まれているもののレプリカで
明るいトルコブルーをしている。
この三角形には、「よい考え、よい行動、よい希望」という
ゾロアスター教の大切な教えが象徴されている、と聞いて
白茶に乾いた道の傍らで、思わず購入したものだ。

「まあ、お前に足りないのは、“よい希望”だよな」
とイノシシに大人ったらしく告げながら
僕に一番足りないのも、たぶんそれなのだと
半ば言い聞かせ、僕は夜の街並みに解放された。


DATE: 2009/09/25(金)   CATEGORY: 未分類
イノシシは、憂鬱を想像妊娠する。
それで結局、ドタキャンされたわけ?と
死語めいたことを僕はおずおず尋ねる。
笑ってしまうのは、
そうじゃないんですけどね、とイノシシが答えることで
笑えないのは、
それでもイノシシの噴気は一向に収まらない、ということ。
問題の本質は、約束を反故にされることではなく
反故にされるんじゃないかと彼女が不安に晒されること
それによって、約束の扱いが軽いんじゃないかとの疑問が生じたこと
だいたい、そういうことになる。

でもそれってつまり、自分が軽んじられてるんじゃないか
それが不満ってことなんじゃないの?と
僕は分かり切った口調で言う。
イノシシにしては珍しく、それは一理あると素直に認めた上で
たとえそうだとしても、気になっているのはそのことではなく
約束というものに対する自分の感情が、過剰なんじゃないか
という、これもまた彼女には珍しい内省的な思考だ。

約束を破るのは嘘つきで、嘘つきは泥棒の始まりで
泥棒は犯罪だから、つまり、嘘つきは犯罪の始まり
という論法の問題ではなく。
昔から、誰に対しても、約束を守らないことに対するイノシシの反感は
相当に強く、時に自分でも不安になるほど激烈なもの、だという。
確かに、イノシシは会議開始の5分前には着席しないと気が済まない。
うっかり遅刻しようものなら、凄い目で睨まれる。
飲み会でさえ、遅れるならきっちり事前に連絡してくる。
僕はそれを、他人から責められる隙を与えないための
備えだとばかり思っていたが、根っこは違うところにあるらしい。

こうも約束というものに対して潔癖だというのは
過去に何かトラウマとなるような事件でもあったのかと
イノシシは返す返す考えてみるが、思い当たることがない。
約束を破るとどんな手酷い罰が巡ってくるか、
ハリセンボン飲ます、以上に陰惨な説話を聞かされた覚えもない。
なのにどうしてこんなにも、とイノシシは困惑し
もしかしたら自分は異常なのかもしれないと、
似合わないけど不安に慄き、
「別に、おかしいってことはないですよね」
と、僕の首を縦に振らせたいハラなのだ。

別におかしくはないと俺は思うけど。
で、話ってそれだけのこと?
時間も時間だったし、僕はもうそろそろ引き上げ時だと匂わせたが
イノシシは不納得顔で、すごい勢いでグラスをグルグル回す。
こんなに約束というものに過敏だと、約束そのものがイヤになって
そうなると、男付き合いなんて続かない。
たとえこれまでに守られなかった約束というものがなくても
この先、いつか破られる最初の約束が控えている
そんなことを考えただけで、吐きそうになるのに
かといって、約束なしでは人間関係は成立しない。
愛情という問題と、約束という問題は、イノシシにとっては
別次元でありながらも不可分に結びつき
付き合い始めた途端、別れの日を想像して憂鬱になる
そういう人の心理に、よく似ている。
DATE: 2009/09/16(水)   CATEGORY: 未分類
イノシシに、春が来て。
今回は、最近の話を少し。
以前、書いたかもしれませんが、イノシシに春が来た。
どこのどなたかは知らないけれど、とにかく
イノシシにも春というものが訪れた。
彼女の性分として当然、黙っていられるはずもなく
僕は何人目か、この吉報を聞かせられた一人だった。

それはそれで目出度いし、これでイノシシも安泰だろうと
僕は聞いたなり、忘れていたのだが
先日唐突にイノシシから、聞いてほしい話があるんですッ
と、かつての剣幕で押しまくられ、否応なしに連れ出された。
僕は長い夜、不幸の匂いを嗅ぎつけて、話を聞く前から、はや憂鬱だった。

聞いてくださいよッ、と乾杯も前置きもなく
イノシシがぶちまけたところの話というのは
幸いなことに、別れたという最悪の事態こそ回避していたが
まあ、なんというか。
なかなかに、考えさせられることだった。

別にこれは、恋愛関係にあるなしに関わらず起こることだが
イノシシとその恋人も、様々な約束というものを交わす。
たとえば、待ち合わせの時間。あるいは遡って、
会うという約束そのもの。
イノシシは、約束の5分前には到着して相手を待ち構える。
相手が遅れたとしても、それ自体は責め立てるつもりはないらしい。
遅れはしたものの、約束本体は守られたわけだから。
時間に対する感覚が民族によって違うように、
大和民族の中でも、個人差がある。
自分は厳格な方だが、そうではない人の存在を拒絶することまではしない。
しかしどうにも我慢がならないのは、
約束本体を反古にする、つまり
会うと約束したのに、それをキャンセルされることが堪らなく腹立たしいという。
そんなの、誰にでもある反応だと思うが、
イノシシは尋常ではなく、腹が立つのだという。

具体的な例をあげれば、こういうケースだ。
ある日、食事に行こうと約束する。
時間については漠然と、「夜」とだけ決めておく。
その日が近づくにつれ、イノシシはソワソワし始める。
「夜」は何時なのか。待ち合わせはどこなのか。
それによって、自分は何時に会社を出なければならないのか決まるし
それによっては、適当な言い訳を同僚にしなければならない。
前々日になっても相手から連絡がないあたりで
イノシシは暗い予感を感じ始める。
もしかしたら、約束を忘れているんじゃないか。
それとも、スケジュール管理の目盛りが、自分よりも大きいだけなのか。
そんなに気を揉むなら、自分から連絡して確かめればいいものを
「せっついてるみたいでイヤなんですよ、そういうの」
というわけで、イノシシは殊勝ぶって連絡を待ち続ける。

前日になると、暗い予感にドス黒いものが混じり始める。
自分は曖昧な「夜」という拘束に対し、律儀にスケジュールを空けている。
会議を入れられないよう、outlookの予定表もクローズしている。
自分はここまでしているのに、相手は何をしているのか。
忘れているのか、悠長なのか、本当に予定が見えないのか。
ひいては、自分の優先順位はその程度のものなのかと
相手の愛情自体を、疑ってみたくもなる。
そして同じ理由でやっぱり、自分から相手に確認するということはできず
ついに当日を迎え、冷静に問いただすか、
冷静に相手の忘却を許すふりをするか、葛藤の瀬戸際に立つ。

「男の人は、約束をすることに意味があると思っている。
約束は、守ることにしか意味はない」
意味、という単語はそのまま、誠意という単語に置き換えられる。
つまるところ、まだ見ぬイノシシの恋人の
誠意を問う議論に、僕は付き合わされていた。
DATE: 2009/09/14(月)   CATEGORY: 未分類
暗黙の了解めいたものに、のっかかる。
逃げるという言葉が、これほど似合わない人もいないというのに
その伊原さんからこうもはっきり、逃げろという単語が出て
僕は意外さに胸をちょっと打たれつつも
しかしこの人の場合、逃げるといっても威風堂々たるものなんだろう
と、皮肉なことも考えてしまう。

伊原さん曰く。
逃げるというのも立派に積極的な行動で
為す術もなく、そのものに押しつぶされるより
はるかに前向きで結構じゃないか、となる。
逃げる視界の片隅には、確かにそのものの姿なり影なりがあり
第一、逃げるというからにはそのものに対する認知と判断があるわけで
人が言うほど、ぼんやりした行動でもない、ともなる。

そう言いながら伊原さんは、凄いような微笑をちらと浮かべ
杯の中身を軽く一気に煽る。
その飲みっぷりと語りっぷりにほとほと感心しながら
この人もやっぱり、逃げたことがある、あるいは
逃げていることがあるんだろうと、僕は気づいた。
伊原さんの説は、そういう自分を正当化するためのものかもしれず
逃げ続ける中、そのものを眼の隅で捉え続けるのと同じだけ
逃げるという行為を問い続け、その結果
体得した実感なのかもしれない。

伊原さんは何から逃げているんですか、とは
僕は到底、尋ねられない。
伊原さんも僕に対して、それを問うことはなかった。
ただ、うっすら分かっているんだろうなあ、という心当たりはあり
本当は何を知っているんですかと逆質問する度胸もないまま
僕は暗黙の了解めいたものにのっかかり、
それが許される間は、そうしていようとタカを括る。

もしその夜が平日ではなく
もう少しアルコールの注入が許される状況だったなら
僕は洗い浚いをぶちまけて、
それでスッキリしていたかもしれないし
より多くを抱え込むことになっていたかもしれない。

店にいる間にもう一湿りあったようで
外に出た時には違う夜のように空気は冷め
いたるところで水滴が、ネオンを弾いて煌めいていた。
躓かないよう、急げ
去り際、伊原さんがそう言ったのは
もちろん僕の帰路を危ぶんでのことではなく
逃げるその足に対する、紛れもない忠告だ。
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